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今年度も塩出智代美先生(元広島大学客員教員)に御指導いただき、継ぎ紙を作成しました。
今回は、薫物ワークショップとの関連で、香りにまつわる和歌を選んで、それに合わせた継ぎ紙をつくりました。また、今回のワークショップでは、前年度に作成した人と初めて作成した人とで、別の扇形を用いて継ぎ紙をつくりました。
タイトルは、「香の歌に耳を澄ませて」です。
(解説はのちに記載)
文学部1階正面玄関を入ってすぐのところに展示されております。
ぜひ一度実物をご覧ください。
タイトルとその題字に対する発案者らのコメントや、完成した料紙とその作成意図をご紹介します。解説はそれぞれの作成者によるものです。


今回は【香】をテーマとした歌で、お香は嗅ぐや匂うものでなく、【聞く】と言うと知り、「耳を澄ませて」としました。歌も声に出して詠まれたもの、お香と通じると思い、タイトルを考えました。
素敵な紙、素敵な字にあらわされていて嬉しいです。
(タイトル発案者:3年 本田夏海)
今回、作品展示の題字を書かせていただきました。素敵なタイトルを考えてくれた本田さんありがとうございます。
題字の書風(文字のスタイル)を選ぶ際、古典の香りもあるが、多くの人が読みやすいものになるようにしました。そこで、定家様(ていかよう、藤原定家がつくった書風)に決めました。全体的に丸みがあり、線の太い細いの変化が強いのが特徴です。
物語や和歌に時代性があるように、書風も同様です。文字のビジュアルからも古典の香りを「聞いて」いただけたら何よりです。
(題字:博士1年 郡司健太郎)

【典拠】
『続古今和歌集』、 藤原俊成
【和歌解説】
「橘の花の香りが袖にほのかに匂ってくる。その香りに誘われて、うたた寝の夢を見ていると、亡き人を思い出し、涙で袖が露けく濡れてくるようだ。」
【料紙】
紙は、露が置いているようにきらきらして見えるものを選び、花橘の白色をメインに据えました。下部は、夢にまどろんで、夢かうつつか判別がつかず境界が曖昧になっているようなイメージで同系色を並べて置いてみました。はかなさが全体的なテーマです。
(4年 田島愛奈)

【典拠】
『源氏物語』花散里巻、源氏
【和歌解説】
「昔の人を思い出させる橘の香りが懐かしいので、ほととぎすは橘の花の散るこのお邸を捜してやってきました」(『新編日本古典文学全集21 源氏物語➁』より)。
『源氏物語』「花散里」巻で麗景殿の女御の邸に訪問した源氏が詠んだ歌です。この歌によって、女御の妹の女君を花散里と呼ぶようになります。彼女は派手さはありませんが控えめで真面目な性格で、光源氏を支える存在です。須磨行きの直前のこの巻は、政治的に孤立していく源氏を癒す時間となりました。
【料紙】
花散里の優しく、穏やかなイメージを色で表現しました。源氏の心を安らげる彼女には落ち着きのある配色が似合います。
(2年 村山昊太郎)

【典拠】
『新古今和歌集』巻第三・夏歌、 藤原家隆朝臣
【和歌解説】
「今年から花が咲き始める橘がどうして昔の人の袖の香ににおうのだろうか。」
※本歌は「古今和歌集」春歌上・紀貫之の「今年より春知りそむる桜花散るといふことは習はざらなむ」。
【料紙】
継紙には、咲き始めた若い新鮮な橘の花とその植物のみずみずしいイメージを若干残しましたが、その香りから思い返されるのはやはり昔のこと。思い出のノスタルジー、どこか色あせた感じも今回の色合いには含ませたつもりです。
(4年 佐々木健伸)

【典拠】
『古今和歌集』
世の中のはかなきことを思ひけるをりに、菊の花を見てよみける
(人生の無常を感じていた時に、菊の花を見て詠んだ歌) つらゆき
【和歌解説】
「菊の花が美しく咲いている間は、挿頭にさして長寿を祈り、気分を紛らすこととしよう。その花が散った後まで生きられるとも分からぬわが身だもの。」
【料紙】
継紙制作に向けた準備期間の季節の秋、またキクタニギクの摘花にかさね、「菊」を題材に歌を選定したため、まずは、菊のイメージカラーの緑と黄、そして、人生の無常を感じていたときの歌、ということで、地に咲く菊(生)と、天上の世界としての空(砂子=命)で取り合わせてみました。
紙を選んだ時にはあまり気付いていませんでしたが、右側の墨流しが、香を焚いた時に漂う香りや煙を醸しているかと思います。
(三好美織先生(教育学部理科教育))

【典拠】
『古今和歌集』3巻139 (『伊勢物語』60段)
【和歌解説】
「五月を待って咲く花橘の香りを嗅ぐと昔親しくしていた人の袖の香りがするものだ。」
『伊勢物語』60段で宮仕えで忙しくしていて妻にあまり構っていなかった男に愛想をつかした妻が家を出ていってしまい、しばらくして勅使として出かけた先で元妻が役人の妻になっていて自分の接待をすることになる。そこに出てきた橘を使ってこの和歌を詠んだので、その際は「あなたも懐かしく思いませんか?」という意味を含む。この和歌で元妻は自分の目の前にいるのが元夫だと気づき、その後自分を恥じて山に篭もり尼となった。
【料紙】
五月をイメージして作りました。黄色とオレンジで花を緑で葉っぱをイメージして五月の心地いい温かさからだんだん夏になるというイメージです。
(3年 吉田圭希)

【典拠】
『古今和歌集』巻第三 夏歌、よみ人しらず
【和歌解説】
「五月を待って咲く橘の花の香をかぐと、むかし親しんだ人の袖の香が、なつかしくかおってきます。」
『古今和歌集』に収められているこの歌は、『伊勢物語』にも採られており、他の男のもとへ通う妻とその夫が、その男の家で再会した場面において夫が詠んだ歌である。この歌は詠み人しらずとされるが、物語の文脈上、不忠実な妻に対する夫のうらみの感情が読み取れる。今回は、この歌をうらみの歌として、その心情を継ぎ紙の構成に反映した。
【料紙】
うらみの心情を主題として、主色に濃紫を用い、中央から下部に配置した。橘の花の色・袖の柄・香りという三つのイメージを象徴する紙を上部に置き、心情を表す暗色を歌の内容を示す明色で囲む構成とした。こうして、歌の内容と詠み人の抱くうらみの感情とを重ね合わせた扇面を制作した。
(博士1年 趙民涛)

【典拠】
『古今和歌集』夏歌、詠み人しらず
【和歌解説】
「五月になるのを待って咲く橘の花の香をかぐと、昔親しかった人の袖にたきしめられていたのと同じ香がするよ」(『和歌文学大系5 古今和歌集』六四頁)
『源氏物語』若菜下巻で、源氏は女性四人(女三の宮、明石の姫君、紫の上、明石の君)をそれぞれ花に喩えます。四人目の明石は、本歌を踏まえて「五月まつ花橘」と形容されます。以下に該当箇所の本文と現代語訳を引用します。(『新編全集』(若菜下巻 ④一九三頁))
〇本文
かかる御あたりに、明石は気おさるべきを、いとさしもあらず、もてなしなど気色ばみ恥づかしく、心の底ゆかしきさまして、そこはかとなくあてになまめかしく見ゆ。柳の織物の細長、萌黄にやあらむ、小袿着て、羅の裳のはかなげなるひきかけて、ことさら卑下したれど、けはひ、思ひなしも心にくく侮らはしからず。高麗の青地の錦の端さしたる褥に、まほにもゐで、琵琶をうち置きて、ただけしきばかり弾きかけて、たをやかにつかひなしたる撥のもてなし、音を聞くよりも、またありがたくなつかしくて、五月まつ花橘、花も実も具して押し折れるかをりおぼゆ。
〇現代語訳
このような方々(※山下注:女三の宮、明石の姫君、紫の上)のおそばにあって、明石の御方は気圧されてしかるべきであるが、けっしてそうではなく、物腰など気がきいていて、こちらが恥じ入りたいくらいだし、そのたしなみのほども心ひかれる深みがあり、どことなく気品のただよう、しっとりとした美しさとみえる。柳の織物の細長に、萌黄であろうか、小袿を着て、さりげなく羅の裳をつけて、ことさらに遜っているけれど、その様子が、そう思うせいか奥ゆかしく感じられ、軽々しく扱ってはならぬお方といった感じである。高麗の青地の錦で縁どりをした褥に遠慮がちにすわって、琵琶を前に置き、ほんの触れる程度に弾こうとしてしなやかに使いこなした撥さばきは、その奏でる音を聞くよりも、比類なく好ましい感じで、あたかも五月待つ花橘の、花も実もいっしょに折り取ったときのかぐわしさを思わずにはいられない。
【料紙】
・七色の紙は、本場面の明石の装束の色(「柳」「萌黄」)をもとに選びました。
・明石は海との縁が深い女性であるため、海を想起させる墨流し模様の紙を二枚用いました。
・玉鬘巻の衣配りの場面で、源氏は明石に「梅の折枝、蝶、鳥飛びちがひ、唐めいたる白き小袿に濃きが艶やかなる」(梅の折枝に、蝶や鳥が飛びちがっている模様の舶来風の白い小袿に濃紫の艶のある)(『新編全集』(玉鬘巻 ③一三六頁))衣装を贈ります。私のお気に入りの場面です。また私自身紫色が最も好きな色なので、紫色の紙を多く用いました。
・明石は自身が受領階級の出であることを強く意識し、その低い出自が娘の将来に影響しないよう、実母としての表立った振る舞いを控える慎ましい女性です。しかし控えめでありながらも気高く聡明で高い教養を備えており、女三の宮や紫の上と並んでも遜色ありません。本場面の「裳」は、本来女房格の者が身に付けるものですが、明石はあえてこれを着用します。そこには自らの身の程を弁えつつ、周囲に遠慮して「ことさら卑下」しようとする慎み深い姿勢が垣間見えます。こうした控えめな佇まいの奥で静かに光る知性と揺るぎない芯の強さ、そして胸の内に秘めた娘への深い愛情を表現するため、扇の下部に金箔・銀箔を僅かに散らした紙を使用しました。華やかさを抑えつつも上品な輝きを放つこの料紙は、控えめながらも自然と人目を引く明石の存在感と響き合い、その人物像を浮かび上がらせています。
(4年 山下真梨)

【典拠】
『伊勢物語』六十段 花橘
【和歌解説】
宮廷勤めがいそがしく妻に出て行かれた男が、ある国の役人の家にもとの妻が居るのを見つけ、肴の橘を持って詠んだ歌、
「五月を待って咲く橘の花の香をかぐと、昔親しんだ人の袖の香が、なつかしくかおってきます」
女は昔の夫であると思い出し、我が身を恥じて尼になったという。
【料紙】
橘といえば白い花に黄色い果実を多く想起するが、調べてみると「赤ら橘(あからたちばな)」という、赤みを帯びてつやつやしている橘の実をさす言葉が『万葉集』にあるそうで、面白く思って赤い料紙を主に採った。左下の緑は橘の樹を思って配したが、暖色ばかりの中でよい差し色になったのではないか。中心に唐草文様が描かれた白色の料紙があり、赤ら橘の後ろに生えている低い草木を想像させられるかと期待して用いた。右の切継ぎは、唐草文様の料紙と隣接し、また赤ら橘のある左をまず見せたかったことから、薄肌色の料紙を配した。
(4年 濱口倖多)

【典拠】
『万葉集』
【和歌解説】
題詞:芳を詠める
「高松(※奈良市の高円山を指すと考えられている)のこの峰も狭いほどに、松茸が傘を立てていっぱいに盛っています。なんて秋の香のよいことでしょう。」
【料紙】
この歌は、秋の香りとして山に生えたきのこ(松茸)の芳香を詠んだ歌であるため、山やきのこっぽさが連想できるよう、緑や茶色をメインに配色しました。
(4年 近藤妃奈乃)

【典拠】
『山家集』 上巻:春、西行
【和歌解説】
西行法師が住む庵の前の梅を見て詠んだもの。
「梅の香りを谷間に吹きためて、この谷を訪れる人に染みこませてくれ、春風よ」
【料紙】
梅の色をイメージした桃色系統の紙を上下に、梅が描かれている紙を横に配置し、谷をイメージした緑色を添えました。
白基調に黒く模様が入っている紙は、梅の香りが谷間に流れていくさまを可視化したらこうなるだろうかと思って選びました。
(3年 河合梨花)

【典拠】
『古今和歌集』春下 122、よみ人しらず
【和歌解説】
「春雨に濡れて照り映える色も、いくら見ても飽き足らないのに、香までも心惹かれる、山吹の花よ。」
色が愛でられる山吹の花に、さらに雨に濡れて引き立った香のすばらしさまでが加わって、複合的な感覚美がそなわるさまを詠んでいます。
【料紙】
山吹のような黄色を基調としつつも、山吹が生える池辺のイメージで青を添えました。
(草野勝先生(教育学部国語教育))

【典拠】
『詞花集』春 29、伊勢大輔(百人一首61番)
【和歌解説】
昔、奈良の都で咲いていた八重桜が、今日はこの宮中で美しく咲き誇っていますよ。
【料紙】
薄いピンクや紫の紙で桜の花を、下の茶色の紙で桜の木を表しました。
(2年 竹下果那)

【典拠】
『山家集』、西行
【和歌解説】
詞書「いほりのまへなりける梅をみて、よみける」。
春の訪れに心を弾ませながらも、山深い庵で独り過ごす西行の孤独と人恋しさが滲み出た一首。まだ見ぬ他者と心を通わせる手段として「梅の香り」を選んだ点に、中世における「香」の重要性が象徴されているように思う。
【料紙】
紅梅色を中心に選んだ。香りが波及していく様子を、紙の波模様で表現した。淡い暖色が多く全体的に温かい印象になってしまったため、もう少し寂寥感を出せればよかったと思う。伝西行筆で書いていただきました!
(修士1年 耕佳恋)

【典拠】
『百人一首』35番歌、『古今集』巻第一春歌上42番歌、紀貫之
【和歌解説】
人はさあ、あなたも含めて、心の内がわかりませんが、旧都奈良では、花は昔と変わらない香りで匂っていますよ。
貫行が大和国の長谷寺に参詣するとき、常宿としていた宿があった。しかし、何かの事情で長くご無沙汰してしまい、久しぶりに訪れると、主人から「宿はありますのに…」と軽く皮肉を言われたのに対して詠んだ歌。
【料紙】
夜の空と宿の庭園を表現するために、上部に黒と紫、下部に緑を配した。中部は、上下部に比べて、主張が控えめな色でまとめることによって、歌の文字が際立つように工夫した。
(4年 池田康誠)

【典拠】
『新古今和歌集』、 摂政太政大臣(藤原良経)
【和歌解説】
「しっとりとしてあやめがかおっていることだ。ほととぎすの鳴く五月雨の夕暮れよ。」
五首歌の催しの際に夏の歌として詠まれた歌です。夏の情景を様々な感覚からとらえています。『古今和歌集』恋歌一・四六九の和歌「郭公なくや五月のあやめぐさあやめも知らぬ恋もするかな」を本歌としています。
【料紙】
あやめが咲いている様子を表す緑と紫を下部と右側に配置しました。また、雨の降る夕暮れを思わせくすんだ茜空の色を左側上部に置き、雨が地面に落ち波紋が広がる様子を思わせる、曇り空のような色を真ん中にしました。こうすることで、空と地面の様子を扇面に閉じ込め、一つの絵画のようにあらわせたのではないかなと思います。
(3年 安居稀星)

【典拠】
『『拾遺愚草 中』(藤原定家の自撰家集)
【和歌解説】
「深く霜が置いている夜、残菊が薫っている。それらは月の光かと錯覚させ、籬のあたりにはまだ少しばかり秋が残っているなと思わせる」(久保田淳『藤原定家全歌集 : 訳注 上』)
【料紙】
左上の金色、その下の黄色、横の緑色、真ん中の白色でそれぞれ、月、菊、籬、霜を表したくてこの色と配置にしました。また、右の白い料紙には、小さな金色の粒がちりばめられています。冬が近づき星も静かに瞬いている霜夜に、ふっとただよってくる菊の香りが左から右へと流れていくイメージです。
(4年 洲濵愛那)

【典拠】
『源氏物語』梅枝
【和歌解説】
「 この薫物の花の香りは、花の散ってしまった枝と同様の私の身には役には立ちませんが、たきしめてくださる姫君のお袖には深く薫ることでございましょう」(日本古典文学全集『源氏物語』梅枝より引用)
明石の姫君の裳着支度に熱心な光源氏へ、朝顔の君が、調合した薫物と、散りかけの梅の枝を添えて贈った歌です。姫を祝福しつつも、「散りにし枝」に自らを重ね、その散りかけの梅の枝が実際に添えられているところに哀愁が漂い、印象的な歌だと感じています。
【料紙】
桃色と薄橙の暖色、そして寒色の青という反対色を組み合わせ、歌のもつ印象を表現できるように意識し、できるだけ青が後ろに下地として透けて見えるよう工夫しました。
また、青地に暖色がにじむような配色のデザインは、今回のテーマである「香り」が静かに広がっていくイメージで選びました。
(2年 野瀬真央)

【典拠】
『土佐日記』
【和歌解説】
現代語訳は「親王を恋しく思って幾世代をも経てきたこの宿の梅の花は、当時と同じ香に、匂っていることだ」(『日本古典文学全集』より)です。この和歌は、かつて在原業平が惟喬親王のいる離宮で「世の中に」の和歌を詠んだ話を踏まえたものです。同じ場所で、時代が下っても変わらない梅の花の香りを読み込んでいます。
【料紙】
梅の花を眺めている情景から、上の部分に梅の花の色である薄紅と鮮やかな紅を配置しました。とくに右上には金箔が散りばめられており、アクセントになっています。また、船旅をしているので、下の部分の模様は波を表現しています。
(2年 佐々木茉穂)

【典拠】
『古今和歌集』巻第六 冬歌、小野篁朝臣
【和歌解説】
梅の花の色は雪にまじって見えずとも、香りだけでも匂ってくれ、人がわかるように。
【料紙】
ここでいう梅は白梅です。また、雪が降る日の歌であることから、白を基調とした継ぎ紙にしました。墨流しの紙を大きく置くことで、雪が積もる梅の枝をイメージしました。右側は少し灰がかった白で、雪の日の空のイメージです。赤を加えたのは、この歌は白梅とはいえ、庭園では並べて植えられることの多い紅梅のイメージも取り入れようと思ったためです。
(3年 本田夏海)